マツド・サイエンス研究所

システムエンジニアリング(その3)

イラストは、良く「バランスの取れた設計」の説明に用いられる例である。

水を入れる「桶」だが、板の長さがバラバラだ。この桶に溜まる水の量は、最も短い板の長さによって決まる。中の水位が、最も短い板の長さを超えたら水は溜まらなくなるからだ。

この桶を改善し、溜まる水の量を増やす方法は、簡単だ。最も短い板を長くすれば良い。

「バランスの良い設計」にすることも簡単だ。すべての板の長さを同じに切り揃えれば良い。(別に長すぎる板を切らなくても良いのでは?・と言う意見もあるかもしれない。だが、長すぎる板は重くなるし、持ち運びなどで邪魔になるから、同じ長さに切り揃えるのが最も効率的でバランスが良い)

実際の設計では、「改善する方法」も「バランスが良い設計にする方法」も、この例ほど簡単ではない。

一言で「バランスの良い設計」と言うが、どういう状態が「バランスの良いかどうか」分からない場合が大半だ。

イラストを見れば、一目で、「どうすれば改善できるか」「どういう状態がバランスの良い設計か」分かる。

仮に、この絵のような状態であることが見えないとしよう。その場合、手探りで、状態を調べるしか方法は無い。

そこで、次のような実験を行ってみる。

まず、取り敢えず、あふれるまで水を入れて、量を測る。次に、水を入れて抜き、桶を分解した後、Aの板の長さを少し変えて、再び、組み立てる。同じようにあふれるまで水を入れて、量を測ると、水の量に変化は無い。

次に、Bの板の長さを、少し変えて、同じことを試す。今度は、Bの板の長さを変えた分だけ、水の量が変化はすることが分かる。

C、D、Eの板にも、同様のことを繰り返し、これらの板の長さを変えても、水の量は変化しないことが分かった。

以上の事から、次のことが導かれる。

「桶に溜まる水の量は、Bの板の長さのみに依存し、ほぼ、Bの板の長さに比例する。A及びC~Eの板の長さは、桶に溜まる水の量に影響しない。」

この結果、「桶の改善」イコール「Bの板を長くする」に置き換えられる。

Bをドンドン長くして、他の板より長くなっても、気が付かない。先のような実験を行うことが面倒だからだ。

Bの板を、いくら長くしても水の量が増えなくなっても、目標が「Bの板を長くする」にすり替えられて居るから、構わずドンドン長くする。Bの板が邪魔になり、重くなって桶自体が持てなくなって、初めて間違って居たことに気が付く。

笑い話では無く、このような事が本当に繰り返される。例えば、40年くらい前の国産車は、明らかにエンジンの馬力が足りなかった。箱根の坂道さえろくに登らない。「馬力さえ上げれば、良い車になる」と国産メーカーはエンジンの馬力アップ競争になった。コンベンショナルなエンジンで、ほどほどの馬力がでるようになると、やれターボだのDOHCだのスーパーチャージャーだのインタークーラーだの付け加え始めた。サスペンションやタイヤの性能を超え、危険なほどエンジンの馬力が上がると、もはや「良い車」ではない。これが15年くらい前まで続いた。

前回の「システムエンジニアリング(その2)」から読んで居る人は、「Bの板の長さのみ注目」が「要素技術偏重」で、「桶の水の量に注目」が「システムエンジニアリング」に当たることが分かると思う。

システムエンジニアリング(その2)では、「当たり前の要素技術の組み合わせで、新しいシステム」と言ったが、全く新しい試み(例えば「恒星間飛行」)のシステム設計の場合、取り敢えず「バランスの悪い桶」でも良いから、作って評価することが大切だ。実際には作れないなら、計算上でもバーチャル上で代用する。

その結果、「Bの板を既存の技術では足りないくらい長くする」事が必須であることを見つけてから、「Bの板を長くする研究」を始めるのである。また、時々再評価し、「Bの板が他の板を超えた」場合は「Bの板を長くする研究」より、「他の板を長くする研究」に比重を置き換える必要がある。

また、「Bの板を長くする」事は改善案として出やすいが、「A及びC~Eの板の長さを短くする」と言う改善案は、なかなか実行されない。それなりに上手くいって居るものに、手を加えるのは恐いからだ。

「システムを良くするために、必要な要素技術を選び、研究する」のであって、「要素技術の改善が、システムを良くする」のではない。

ましてや、「要素技術の改善こそが全て」のではない。

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