マツド・サイエンティスト研究所

研究報告11 なつのロケットは本当に飛ぶか!? the 26th o March 2000

the 7th of October 2001 祝! 単行本化

 ヤングアニマルと言う青年漫画誌に、1999 年の夏から秋にかけて、「なつのロケット」と言う題名の、あさりよしとおさんの漫画が連載された。( 2001 年 7 月 27 日に単行本化された )
 この作品には、5人の小学生と町工場を営む老人が、少年達の担任の女の先生のために、小さなロケットを作り、地球周回軌道まで打上げるという話が描かれている。作品のストーリー自体は全て、あさりさんの創り出したものである。
 しかし、物語のラストに登場し、地球周回軌道へと駆け上っていく、少年達の手作りロケットは、私がデザインしたものだ。

 作品中では、僅か数コマで紹介されているに過ぎないロケットの諸元は、数ヶ月かけて、検討し計算しコンピュータ・シミュレーションで確認した成果だ。
 いや、数ヶ月だけの成果ではない。
 この、漫画の中にしか存在しない小さなロケットには、それに先立つ数年・数十年に渡って、私が思い描いていた理想の超小型ロケットへの思いが込められている。

 今回は連載前や途中に数度に渡って作った技術資料に加筆を行い、「なつのロケット」について解説をする。
 漫画の連載を読んだ方はもちろん、読んでいない方も超小型ロケットに対する私の考えとして読んで貰いたい。

「ロケット」とは何か??

 小学生達が作るロケットは、どんなに小さくても最終的に地球周回軌道投入を目指す事にこだわった。私にとって、「ロケット」とは少なくとも「地球周回軌道投入する為の打ち上げ輸送機関(= Launch Vehicle)」でなければならない。「少なくとも」と言う言葉を使ったのは、「月や地球以外の惑星・恒星への放物線・双曲線軌道へ投入」でも構わないからだ。
 どんなに立派にできていても、どんなに高い高度に達し真空の宇宙に届いても、たとえ有人であっても、周回軌道に入れず、弾道軌道で地上に戻って来てしまう「ロケット」は、「オモチャ」でしかない。少なくとも私に、とっては・・
 「V2号はオモチャか!」と言う怒りの声が聞こえてきそうである。
 「A4はそれ自体はオモチャだ」と答えておこう。ただし、フォン・ブラウンら開発者にA4をステップにし、地球周回軌道投入を可能にするロケットの開発しようとする心があった筈だ。その最終的な目標があってこそ、「弾道軌道しかできないA4を、オモチャを超えた何かにしている」と考える。要は開発者・設計者の心意気なのである。なお、私はV2号とは呼ばず、A4と呼ぶ。
 同じような事が糸川博士のペンシル・ロケットにも言える。ペンシル・ロケットは、現在のモデル・ロケットと、ほぼ同程度の大きさ・性能のロケットだ。だが、糸川博士は、ペンシル・ロケットをステップに地球周回軌道投入用のロケットを開発しようと言う志を抱き、それを実現した。それがペンシル・ロケットをオモチャを超えたモノにしている。それに対し、最初から最後まで地球周回軌道と言う志を持たぬ現在のモデル・ロケットはオモチャ以外の何者でもない。

全長265cm総質量200kgの地球周回軌道打ち上げロケット

 この漫画に登場する超小型ロケットは、小学生でも作り取り扱えるようにと、全長265cm総質量200kgと言う極めて小型軽量な打ち上げロケットである。現実の世界では、ペガサスが相当小さい方だが、この超小型ロケットは、その比ではない。
 それでは本当にこんな小さなロケットが地球周回軌道に達する事が可能なのか!?
 このロケットは超小型を達成するために、誘導制御に最新のテクノロジーを使った超小型軽量の電子機器を使っている。しかし、それ以外は極めてオーソドックスな設計を取っている。
 例えば、材料に現実には存在しないような軽くて強度の高いものを想定すれば、ロケットの設計は簡単だ。同じようにロケットエンジンに、魔法のような燃料やテクノロジーを想定して、常識では考えられないような推力と比推力を併せ持つようなエンジンを想定しても同様である。
 あくまでも漫画の中の話だから、そう言った安易な設計も可能だ。
 しかし、私も、あさりさんも漫画だからと言って、技術的に安直な設定を好まなかった。むしろ、可能な限り、現実の裏付けのある技術だけで、小学生が作れるような超小型ロケットを設計しようとしたのである。
 そこで、構造材料などには現実的な強度要求しか行わずに設計した。むしろ、現役のロケットよりも強度の要求を下げているほどである。ロケット・エンジンもオーソドックスな設計で、比推力なども特に高い値ではなく、むしろ低めの数値が設定されている。
 前述の「誘導制御に最新のテクノロジーを使った超小型軽量の電子機器」も、例外ではない。現在のカーナビゲーション・システムに使われている部品やノートパソコン・テレビゲーム機の部品等、少年達がスクラップ置き場で拾い集める事ができる部品を想定している。
 今一度、まとめよう。設計コンセプトにおけるキーポイントは、次の3点である。
 そして最も重要なポイントは、どんなに小さくても地球周回軌道投入を可能にするポテンシャルを持つロケットである事だ。

ロケット・エンジンの設計 その1 比推力

 ロケット・エンジンには、固体ロケットと液体ロケットの大きく2種類がある事はご存知だろう。一般的に構造の簡単な固体ロケットの方が作るのも簡単と思われているようだ。しかし、固体ロケットが簡単なのはロケット花火やモデルロケットと言ったオモチャ程度の話である。固体ロケットを使って地球周回軌道投入を目指す事は、想像を絶するほど高い技術を必要とする。
 漫画の作品中で、少年の一人が語っているように固体ロケットは構造が簡単な分、燃料や構造体の製造はノウハウの固まりで、とても素人に手が出せるようなものではない。日本では宇宙科学研究所(ISAS)が全段固体ロケットで軌道投入ロケットを実現しているため、固体ロケットは簡単と言うイメージが定着してしまっている。が、これはトンでもない誤解で、ISASの固体ロケットは世界的にも極めて珍しいハイテクノロジーの固まりである事を再認識した方が良いだろう。
 片や液体ロケットは、比較的簡単に高い比推力が得やすいことや燃焼自体をコントロールする事が可能だ。だが、一般的に液体ロケットは固体ロケットに比べると複雑な構造をしている。特にH-IIロケットやスペースシャトルの分解説明図などを見た方は、ロケット・エンジンに付属しているターボポンプやガスジェネレーター等、多数の部品で構成されている事に驚かされた事だろう。これを如何に簡単な構造にするかが問題だ。
 なお、ロケットエンジンには、固体ロケットと液体ロケット以外にハイブリッド・ロケットと言う種類がある。これは、固体の燃料に液体の酸化剤を噴きかけ燃焼させるもので、固体ロケットと液体ロケットの性質を併せ持つロケット・エンジンであるが、特殊なもので、ここでは検討から外すことにする。
(ちなみに、実際のハイブリッド・ロケットの開発者から、「ハイブリッド・ロケットが固体ロケットと液体ロケットの性質を併せ持つと言うのは、両方の良いところを持っているという意味ではなく、両方の欠点を併せ持つという意味だ」と言う嘆きとも思える言葉を聞いた事がある。)
 液体ロケット・エンジンの概念を下図に示す。
 液体ロケット・エンジンの設計に必要な公式を文献(1)を参考に計算するが、基本的には、「比推力」と「推力」を計算し決めることが、ロケット・エンジンを設計する上で、重要な2つのポイントになる。
 比推力」を決めるためには、
  1. 使用する燃料と酸化剤の組み合わせ
  2. 燃焼室圧
  3. ノズル開口比
  4. 外気圧

の四つの設計パラメータが必要である。
また、「推力」の為には
  1. 比推力
  2. スロート面積

の二つが必要である。
 つまり、ロケット・エンジンの設計は、「比推力の設計」と「推力の設計」の2段階に分かれる。一般的には「推力」の方が知られているが、実はロケット・エンジンに取って、「比推力」が、より重要な項目である。

 ここでは、まず「比推力」を決める。良く使われる「比推力」の単位は「秒」であるが、これは極めて非SI単位系的だが、余りにも一般的に使われているので、ここでは「秒」を使って説明する。
 今後は比推力は従来のIsp(秒)に重力加速度(9,80665)をかけて、m/sで表すべきだろう。
 これは、真空中の場合、ロケットの平均排気速度に相当する値である。

 「比推力」はロケット・エンジンにとって、普通のエンジンの燃費に相当するようなものであるが、遥かに重要性が高い。以降の構造設計や軌道投入の計算なども、ほとんど「比推力」があれば計算できる。

 「比推力」は、その値が高いほど、ロケット・エンジンの性能が高い。スペースシャトルのメインエンジンSSMEは455秒、H-IIロケットの一段目のエンジンLE-7は445秒である。これらは極めて高い値である。

 SSMEやLE-7が、高い比推力を誇るのは、燃料に液体酸素と液体水素と言う効率の高いものを使っているのもさる事ながら、燃焼室圧とノズル開口比が高いためだ。ちなみにSSMEの燃焼室圧は204気圧、ノズル開口比は77.5であり、LE-7は、それぞれ126気圧と52である。

 このような高性能が達成できるのは、燃焼室圧に秘密がある。燃焼室圧とノズル開口比が高くすれば、比推力も高くなる。
 もちろん、ノズル開口比だけを大きくしても、計算上は比推力が良くなるのだが、ノズル出口圧が外気圧よりも下回ると排気がノズルから剥離するために性能が上がらない。従って、大気中で使用するロケット・エンジンでは、ノズル開口比を高くするためには燃焼室圧をあげる必要がある。

 結局、高性能のロケット・エンジンを作るためには、「高効率の燃料」と「高圧の燃焼室圧」の二点が必要である事が判る。
 この二つの達成は困難を極める。液体水素は極めて危険な性質を持つし、燃焼室圧を高圧にする事はターボ・ポンプ等の複雑な機構を必要とするために開発が容易ではない。

 ロケット・エンジンを複雑にする事は、今回の場合本意ではないので、逆にできるだけ、単純な構成で必要最小限の性能を確保する事に主眼を置いた。
 燃料は、比較的取り扱いの容易な液体酸素と灯油(ケロシン)の組み合わせを用いている。もちろん、液体酸素も危険なものだが、一般に誤解されているほどではない。単独で貯蔵しておけば、爆発する事はないので、単独で爆発する過酸化水素水よりも、むしろ安全なくらいである。(連載後、過酸化水素水を積んだタンクローリーが首都高で爆発すると言う事件があり、この事が証明されてしまった。)

 燃焼室圧は、ガス押し式を考えて15気圧とした。当初は10気圧で考えたのだが、碌な性能が得られないので15気圧に上げた。ノズル開口比は1段目は大気圧中で使用する事から2.2とし、2・3段目は真空中の使用なので9としている。
 この結果、比推力は1段目は215秒、2・3段目は276秒と言う控えめな値になっている。

ロケットの質量配分

 ロケット・エンジンの「比推力」が決まったところで、ロケット全体の質量配分を検討する。

 さて、ロケット全体の構成を検討する上で、キーポイントとなるのが二つの質量比である。二つと言うのは、一つは燃料量から総増速量を決定するための質量比であり、もう一つは総質量と構造体の質量との比である。

 まず、最初の質量比を求めよう。
 ここで言う質量比とは(燃料を含めたロケット全体の総質量)/(燃料を除いたロケット全体の総質量)の事だ。質量比が大きいほど、燃料が大量に要る事になる。
 ロケットが軌道投入を目指すために必要な増速量は、直感的には第一軌道速度は7.8km/sであるが、実際には重力ロスや大気抵抗があるために10km/s位の増速量が必要だ。

 質量比は次の式で求められる。
 
ここで、は質量比、は増速量、は重力加速度、は比推力である。
 上式の比推力に、1段目の215[秒]を入れて計算すると114.8、2・3段目は276[秒]を入れて計算すると40.2と言う値が得られる。ちなみにSSMEの455[秒]を代入すると9.4になる。この値を見てもSSMEの高性能な事が判る。

 次にロケットの総質量と構造体の質量との比を検討する。
 単純に考えると、全体質量の(40.2-1)/40.2を燃料にして、それ以外をロケット・エンジンや支持構造体、タンク、配管、制御電子機器、その他の機器に割り当てれば、質量比の40.2が達成できる。質量比114.8を達成する為には(114.8-1)/114.8を燃料、それ以外がその他の機器である。

 だが、実際には1/40.2の支持構造体で、自重の40倍を超える質量を少なくとも数Gを超える加速度の中で支える事は不可能である。1/114.8に至っては言うまでもない。
 なお、本来、構造質量比とは、全体質量と純粋に支持する柱などの構造体の質量の比を言うのだが、ここでは便宜上、全体質量と(タンク&支持構造体とロケット・エンジン、配管の合計)の質量の比を言う事にする。

 現実の技術では、上記のような定義の構造質量比は、1/10つまり10%が普通である。1/40.2(=2.5%)や1/114.8(=0.9%)は、10%を下回っているので、潰れる。SSMEの1/9.4(=10.6%)の場合、かろうじて10%を超えているが、それ以外の質量、つまり、制御用の電子機器や宇宙飛行士、彼らの生命維持装置等の質量を僅か0.6%に納めなければならない。

 ロケット・エンジンの性能(比推力)を向上できない以上、解決方法は、2つしかない。

 一つは、極めて軽量で強度のある構造体と超軽量で高性能のロケットエンジンを開発する事だ。SSMEのような高性能エンジンの場合、構造質量比が5%以下に押さえる事が可能ならば、ロケットを作ることは可能である。この値は複合材料等の新素材を使えば必ずしも不可能な値ではない。
 これがNASAを初め各国の機関で研究が進む単段式の打ち上げロケットである。ところが、実際に複合材料を使って燃料タンクを作ると液体酸素や液体水素の極低温とロケット・エンジンの出す高温との温度差や振動等でヒビが入ったりしてうまく行っていない。

 米国を初めとする先進国の国家予算を使って、叡智を集めた最先端の研究機関が躍起になって開発を進めていても構造質量比を低くする事が難しいのに、小学生と町工場の老人が2.5%や0.9%を遥かに下回る構造質量比を簡単に実現することが可能であろうか?
 もちろん、「漫画の中の話」であるから、例えば「謎の転校生が古代遺跡から、驚くような超軽量にして超強度を持つ材料を見つけていた」と言うような設定が有っても良いのだろうが、それでは余りにも現実味が無い。

 もう一つの解は、多段式ロケットにする事だ。
 今まで、何も断らずに三段式ロケットにしていたが、この質量構造比を達成するために、ロケットを三段式にしたのである。スペースシャトルだって、固体補助ロケットを付けて、事実上の二段式にしている。
 「単段式ロケット」と「多段式ロケット」は、「一括払い」と「分割払い」の関係と同じだ。分割払いなら、一回分の支払いは少なくて済むが、結局は利子に利子が付くので、支払いの総計は膨大なものになる。

 単段で40.2とか114.8と言った質量比を達成するのではなく、三回に分けて掛け合わせて、最終的に質量比を達成するのである。
 全段のロケットが同一の比推力を持つ場合は計算が簡単で、例えば、質量比を40にするためには、一段目の質量比を2、二段目を4、三段目を5にすれば、2x4x5=40となり、全体の質量比が40になる。
 今回は各段で比推力が異なるため、
 
と言うように、各段毎に増速量を計算し、総計が目標増速量になるようにする。大体、一段目の質量比が3.33、二段目が3、三段目が5にすると、ほぼ目標に通りになる。
 また、構造質量比は、子供達でも作りやすいように15%と甘めに設定する。

 ここまで決めておくと、後の計算はさほど難しくは無い。
 まず、子供でも取り扱えるように、打ち上げ時の総質量をとする。一段目の質量比とすると、一段目の構造とエンジンの質量と燃料質量は次のように計算できる。
 
 二段目と三段目の質量は、もちろん次のように計算できる。
 
同様に、二段目の質量比をとすると、二段目の構造とエンジンの質量と燃料質量は、次のように計算できる。
 
 ここで、二段目には軌道制御用電子機器(コンピュータ等)を搭載するものとする。この質量とすると、三段目の質量は、次のように計算できる。
 
 最後に、三段目の質量比をとすると、三段目の構造とエンジンの質量と燃料質量
 
となり、最終的にペイロードの質量
 
である。

 以下に、シミュレーションに使った超小型ロケットの構成を示す。上記の式と多少異なるのは、実は最初の設定では、もっと比推力を高くしており、第三段目に制御用電子機器を搭載していたのを急遽、第2段目に移したためだ。

表 質量構造比
項目 第1段第2段 第3段 備考
ペイロード 上段 140kg 4.6kg0.1kg A
燃料 30kg20kg 3.67kg B
構造とロケットエンジン 30kg 4.5kg0.83kg C
その他 0.9kg(電子機器) D
構造質量比 3.33 34.93
質量比 18.1%15% 15%
増速量 2538.5 m/s 2973.5 m/s 4315.8 m/s

 上記の増速量の総計は9827.8 m/sである。
 目標の10 km/sをやや下回ったが、後述するようにシミュレーションで確認した結果、何とか周回軌道投入は可能である。

 ただし、打ち上げ時の総質量200kgに対し、軌道投入できるペイロードはわずか100g、比率で言えば0.05%と言う極めて悪い効率である。
 この辺、分割払いと同じで、元金(ペイロード質量)に対して、利子(質量構造比)が複利(多段式)で付くため、トータルの支払い(総打ち上げ質量)が何倍にも膨れ上がるのである。

ロケット・エンジンの設計 その2 推力

 前項で、各段の質量配分が決まったことから、それぞれのロケット・エンジンの推力も決まる。それぞれの最大質量時点で、2G以上の加速をするように推力を決め、同時にスロート及びノズル直径を決めて、ロケット・エンジンの大きさを決める。
 まず、一段目である。推力を560kgf(5500N)とするとスロート直径が6センチ、ノズル直径が9センチになる。
 次に、二段目は、推力を64kgf(630N)とするとスロート直径が18ミリ、ノズル直径が5.4センチになる。
 最後に、三段目は、推力を7kgf(69N)とするとスロート直径が6ミリ、ノズル直径が18ミリになる。

タンクの設計

 ロケットを構成する上で、ロケット・エンジンと共に大きな要因をしめる物は、燃料を入れるタンクであろう。また、燃料タンクは構造体を兼ねる場合が多い。
 液体酸素と灯油(RP-1)の最適混合比は、質量で2.2対1である。また、液体酸素の密度はで、灯油の密度はである。
 従って、一段目の燃料は140kgであることから、液体酸素の体積と灯油の体積及び、それらの合計は次のように計算できる。
 

 下のような形状のタンクを考える。

一段タンク概要

 一段目の構造とエンジンの合計質量は30kgであるが、ここでは構造すなわちタンクを20kg、エンジンを10kgとする。タンクを厚さ平均4mmのアルミニューム(密度)で作るとタンクの質量もあい、液体酸素タンクの体積が、灯油タンクの体積がとなる。
 同様に二段目タンクの計算も行う。
 二段目の燃料は20kgであり、二段目の液体酸素の体積と灯油の体積及び、それらの合計は次のように計算できる。
 

 第二段のタンクは下のような形状を考える。

二段タンク概要

 二段目の構造とエンジンの合計質量は4.5kgであり、ここでは構造すなわちタンクを3kg、エンジンを1.5kgとする。タンクを厚さ平均2mmのアルミニュームで作るとタンクの質量もあい、液体酸素タンクの体積が、灯油タンクの体積がとなる。
 更に、三段目タンクの計算も行う。
 三段目の燃料は3.66kgであり、三段目の液体酸素の体積と灯油の体積及び、それらの合計は次のように計算できる。
 

 ここで、下のような形状のタンクを考える。

三段タンク概要

 二段目の構造とエンジンの合計質量は0.825kgである、ここでは構造を0.55kg、エンジンを0.275kgとする。タンクを厚さ平均1.1mmのアルミニュームで作るとタンクの質量もあい、液体酸素タンクの体積が、灯油タンクの体積がとなる。

制御系の検討

 ロケットの制御はストラップダウン型の慣性誘導航法を用い、それに必要なジャイロや加速度計は、カー・ナビゲーションのジャンクから手に入れる。
 現在のカー・ナビゲーションでは、位置・速度の決定にGPSを使っている事は言うまでもないが、建物の影に入ったり、トンネル内部等、GPSの電波が受信できない様な場所での補助的な位置決定に自立航法を行っている。
 この自立航法のために、多くのカー・ナビゲーションはジャイロを使用している。また、速度の決定のために加速度センサーを用いている物もあれば、自動車のタイヤの回転数を用いる物もある。
 自立航法にジャイロと加速度センサを用いているカー・ナビゲーションには、ジャイロが一軸分と、加速度センサが2軸分、内蔵されている。

 ロケットの誘導航法のためにはジャイロも加速度センサも3軸分必要だ。従って、この種のカー・ナビゲーションのジャンクを3個集めると必要なセンサが集まる。(加速度センサーは多すぎる・・)

 位置を計算し、ロケットを制御するために必要なコンピュータの性能は意外と高くない。携帯型のゲーム機で十分であり、これもジャンクなどから簡単に入手できると判断した。
 電源は、ミニ四駆用のニッカド単三電池を5・6本あれば十分であろうし、アクチュエータにはラジコン用のサーボを使いる。
 一段目の安定フィンは、4枚独立で制御し、右左の制御(ヨー制御)、上下の制御(ピッチ制御)、傾き/回転の制御(ロール制御)を独立して行う。

 一段目と二段目のエンジンには、ジンバル方式は複雑なので採用せず、A4方式のエンジンのノズル出口にフィンの付いた形式で、推力方向を変える事にする。
 なお、一段目の燃焼中に高度40km近くまで上昇するので、空力を使う安定フィンだけでは制御し切れないと判断し、エンジンの噴流制御フィンと併用することとした。
 三段は制御装置を二段に載せている為、無制御である。二段切り離し時に、ネズミ花火のような小型ロケットで、スピンをかけておく。

 制御は、まず、一段は、初速が付くまでは何もしない。その後は、安定フィンを使って、方向のみを制御する。高度が上昇し、空気が薄くなったら、噴流フィンを使用する。
 二段になってから、初めて、位置制御を行う。低すぎれば高くするように、北に流れれば南へと制御する。
 三段切り離し前に、スピンをかけておき、簡単なタイマーを持っていて、エンジンに点火する。

全体構成

 ロケット全体の構成は、整理すると図の様になる。

打ち上げ

 コンピュータを使ってロケットによる軌道投入をシミュレーションした。このシミュレーションは、通称「駄目駄目シミュレーション」の未公開バージョン0.04を用いて行った。このバージョン、全てのパラメータをプログラム中で決定している為に汎用性が全く無いので公開していない。いずれは、全てのパラメータをスクリプトで変更できるようにして公開したいと思っている。

 シミュレーションの結果、得られた打ち上げのシーケンスを以下に示す。
 00秒:一段点火
 0分54秒:一段燃焼終了 高度38.5km 距離40.1km 速度1998.9m/s
 1分00秒:1/2段切り離し 高度50.1km 距離52.7km 速度1942.2m/s
 1分05秒:フェアリング切り離し 高度58.8km 距離62.2km 速度1899.2m/s
 1分10秒:二段点火 高度67.1km 距離71.2km 速度1856.3m/s
 2分36秒:二段燃焼終了 高度235.6km 距離292.8km 速度3957.5m/s
 2分50秒:1/2段切り離し 高度263.81km 距離343.2km 速度3892.9m/s
 3分00秒:三段点火 高度283.1km 距離379.1km 速度3848.4m/s
 5分25秒:三段燃焼終了 高度468.1km 距離1047.0km 速度7447.9m/s
 7分59秒:一段墜落 距離320.3km 速度1332.1m/s
       (フェアリングも一段とほぼ同じ)
 14分46秒:二段墜落 距離2390.2km 速度4590.6m/s

 また、打ち上げのイメージを、以下に示す。

打ち上げ地点と一段目落下地点


二段目落下地点


全体軌道

 投入された軌道は
の楕円軌道である。

このロケットは地上から見えるか?

 漫画のラストシーンは、少年達が空を見上げると、光り輝くロケットが見えると言う物である。果たして、この様な小さなロケットが地上から肉眼で見えるのだろうか?

 地上から、軌道上の物体が、どのくらいの明るさ(等級)で見えるか、どの程度の明るさで見えるかは、その物体が相当する球体に近似して計算する。
 物体が鏡面の場合、
 
として計算できる。
 また、つや消しの白のように乱反射の場合、
 
として計算できる。

 なお、
 mは物体の等級
 は太陽の等級
 kは反射率
 aは物体の半径
 rは観測者と物体の距離
 θは下図の角度
である。


等級の計算の条件

 例えば、反射率を1として、θ=45度とし、距離r=500km、物体の半径a=7.5cmとした場合、鏡面ならば7.6等級、乱反射なら7.7等級となる。つまり、せいぜい直径15センチ程度の物体は、反射率が極めて高い鏡面や塗装を行っても、地上から肉眼で確認することは絶望的である。

 逆に同条件で、3等級で見るためには物体の半径は、鏡面の場合63cm、乱反射の場合、64cmが必要である。
 つまり、どうやら直径1.3メートルを超えれば、なんとかなりそうだ。上の計算で使った距離500kmは相当良い条件で、実際はもっと距離が有りそうなものだが、それでも、直径2メートル程度なら、話が合う。

 僅か直径15cm、質量100gのペイロードに直径2メートルの鏡面球体を入れるなんて、不可能だろうか? いや、鏡面や白色塗装をした持ったバルーンをロケットに入れて置いて軌道上で膨らませれば良いである。

 あさりさんと最終的に決めた方法は、ロケットの三段目の上に、玩具店で売っているアルミの風船を入れて置くことだ。この時、軌道上で無理に気体を入れて膨らませる必要は無い。最初に僅かに空気を入れておけば、真空に達すれば、自然に膨らむであろうから。
 もちろん、アルミ風船は、できるだけ大きい物を使い、表面のプリントは消してアルミ面を磨いておく。これなら、僅か100gのペイロード質量でも、納まりそうだ。

 この事については、漫画の中には触れられていないが、あのラストシーンで少年達が見た光は、アルミ風船に太陽光が反射した光だ。

おわりに

 さて、漫画「なつのロケット」の設定検討は如何であっただろうか?
「たかが、漫画に、これほど細かい技術検討をする事は無い」と言われそうだし、実際、こんな検討する事自体稀なんでしょうねえ。
 それに作品中には、ほとんど触れられていないし・・

 だが、私も、あさりさんも現実離れした絵空事を送り出すつもりは無かったし、できうる限り現実的な検討の裏付けを行おうとした。

 もちろん、そんなに簡単に小学生がロケットを地球周回軌道に打ち上げられる筈は無い。私も概念的な検討をしただけで、構造解析や制御系設計など、詳細な設計まで行ったわけではないし、ましてや十分な試験もしないシステムが一発で上手く行くほど、現実は甘くは無い。

 だが、「もしかしたら、本当に、こんな超小型ロケットだったら作れるかもしれない」と思わせるほどのリアリティーを持たせようと技術的な裏付け検討を行った。この種の作品の場合、リアリティーがあればあるほど、読者に夢を与えるだろうからね。

 だが、漫画を書いている あさりさんも、技術検討をしている私自身すらも「本当に、こんな超小型ロケットだったら、作れるかもしれない」と思い始めてきた。

 現実に、超小型ロケットが作られていないのは、私が見落とした何らかの技術的問題があるのか? それとも? ・・ 何故だ!!??

注意:

 このコンテンツ見て、間違っても本気になって、ロケットを作り始めようと思わないこと。

 液体酸素は、危険だ!
 やめておけ。

参考文献

 (1) 「SPACE PROPULSION ANALYSIS AND DESIGN     Ronald W.Humble 著
    Gary N.Henry 著
    Wiley J Larson 著
    McGraw-Hill 刊
    ISBN 0-07-031320-2


単行本

 『なつのロケット』が 2001 年 7 月 27 日に単行本化された。
巻末には、小説『夏のロケット』の作者 川端裕人さんと あさりよしとおさんの後書きとと共に 私の書いた後書きも入っている。

  「なつのロケット」
   あさりよしとお 著
   白泉社 刊
   ISBN 4-592-13279-3


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