野田篤司の英国文化考

その2 珈琲 8th May 1998

22nd June 1998 メールでの情報を反映

これは、紅茶を入れる道具ではない!

 左の写真を見て、何と思うであろうか?ほとんどの方は紅茶を入れる道具であると思うであろう。が、紅茶の本場英国では、これで、紅茶を入れたりはしない。これは、コーヒーを入れる道具である。近所のスーパーマーケットで、コーヒー・メーカー「Coffee Maker」として、8ポンド(約1,760円)で買ってきたものである。

 繰り返し言うが、英国では、この道具、もしくはこれに類する道具で、紅茶を入れる事はない。もし、貴方もしくは貴女の周りに、この道具で「格好をつけて」紅茶を入れる人が居たり、喫茶店があったら、それは何かを間違えているのだ。これはコーヒーを入れる道具である。

 かく言うこの私も、これが「紅茶を入れる」道具では無く、「コーヒーを入れる」道具である事に気付き、英国における標準的なコーヒーの入れ方を知るに至には、英国滞在開始から4ヶ月を要した。

 今回は、この話の顛末をお届けする。

私は珈琲が好きである。

 私は、コーヒーが好きである。煙草や博打の類には、一切手を出さないし、酒も弱いので大して飲む訳ではない。そんな私が、嗜好品としては、コーヒーが格段に好きである。(チョコレートも好きなんだが、その話は、また別途)
 実は、最初に英国に来る前は、英国は紅茶の国だから、コーヒーを飲まないと勘違いしていた。第一、アメリカン・コーヒー、フレンチ・コーヒー、ウインナー・コーヒー、トルコ・コーヒー等々、国や地名の付いたコーヒーは数有れど、イングリッシュ・コーヒーなんて聞いた事が無い。そんな訳で、英国になんぞ行ったひには、好きなコーヒーが飲めなくなると恐れていたのである。

 私が最初に英国を訪れたのは、3年前の事である。この時は、僅か数日の滞在であったが、コーヒーが、それこそ何処にでもある事に気が付いた。紅茶と同じか、否、それ以上にコーヒーが普及しているではないか。フムフム、英国でもコーヒーが飲めるのか・・・。
 帰国後、調べてみたら、何とアメリカンでもフレンチでもウインナーでも無い、単なる『コーヒー』と言うのは、実はイングリッシュ・コーヒー(英国風珈琲)の事なんだそうだ。そして、英国では、紅茶よりも先にコーヒーの方が普及して、その後で紅茶が普及したらしい。何処の国でも新しもの好きは多く、より新しい紅茶を飲む方が『カッコイイ』と言うので、英国人は紅茶を気張って飲むようになったらしい。それを私は誤解して、英国人はコーヒーを飲まないと思ってしまったのである。そう言えば、かのシャーロック・ホームズの物語の中にも、コーヒーを飲むシーンは数多く出てくる。日本と逆なのは、朝起きた時、まず、茶の代わりのコーヒーを飲み、その後、ゆっくりと紅茶を飲むだけである。

コーヒーを入れる事ができない!

 今回の訪英の際は、流石に英国でコーヒーが飲めないという無用の恐れは無かった。だが、実際に生活を始めて、困った事にコーヒーを手に入れる手段が無い事に気が付いた。正確に言えば、コーヒーの原料であるコーヒー豆は幾らでも手に入るのだが、それからコーヒーを入れる手段が見つからないのだ。もちろん、最初の訪英の時は、ホテルや喫茶店でコーヒーを飲んでいたから自分で入れる事はなかった。今回は、僅か1年とは言え、生活をする以上、自らコーヒーを入れたかったのだ。

 日本で、コーヒーを飲む一番簡単な方法は缶コーヒーであるが、英国には、そんなモノはないし、あったとしても飲みたくも無い。(もっとも最近の缶コーヒーには恐ろしく美味しいモノもあるのも事実だが。) また、例の「違いの判る・・・・」と言うテレビCMで有名なインスタントコーヒーは、日本とほとんど同じに売っており、取りあえず買って、その場しのぎに飲んではいたが、こんなモノ飲み続けたくない。(違いの判る人間がこんなモノ飲み続けるのであろうか??)

 いわゆるレギュラーコーヒー(この言葉も和製英語なんだろうなあ)を飲みたくて、コーヒーを入れる道具を探した。サイフォンなんて邪道な道具は欲しくなかったし、英国には無い。電気式のドリッパーとエスプレッソを入れる道具はすぐに見つかった。しかし、電圧が240V用の電気式のドリッパーは本当に長期滞在するには良いのだろうが、一年の滞在予定の者には、その後の処分に困るのである。また、私はエスプレッソ・コーヒーは嫌いなのだ。こんな訳で、私は簡単なドリッパーもしくは、それに代わる道具を探し始めたのである。(たかが、コーヒーごときを飲む為に、一々面倒な理屈をこねるなと言われる向きもあるかもしれない。が、たかが、コーヒー、飲まなくても死ぬもんじゃない嗜好品だからこそ、好きなように飲むのである。)

コーヒーを入れる道具を探す

 コーヒー豆とペーパーフィルターは、売っているのだから、ドリッパーくらいあるだろうと探し回ったが、何処にも無い。どうも、このペーパーフィルターは電気式のドリッパー用の物らしく、ヤカンで沸かしたお湯を注ぐタイプの物は、ほとんど売ってないし、たまに売っていても、とても大きなサイズの物があるだけなのだ。コーヒーを飲むのは妻と二人なので、大きなサイズの物は都合が悪い。日本で良く売っているコーヒー・カップの上に乗せるタイプのドリッパー程度がちょうど良いのだが、英国では全く売っていない。

 そこで、日本から訪れた両親に頼んで、日本で買ったドリッパーを持ってきてもらった。最初こそ、これで美味いコーヒーが飲めると喜び勇んでいたが、あまり調子が良くない。ペーパー・フィルターからコーヒーがドリップするのに、異常に時間がかかるのである。そのため、コーヒーが冷めてよろしくないし、何やらコーヒーが充分出ていないような気がするのである。
 どうも、水道の水のせいらしい。英国の水道水はカルシウムをたっぷり含んだいわゆる硬水で、お茶も出にくい。また、お湯にすると、すぐにカルシウム成分があくのように浮くのである。(たしか、鍾乳洞のできる原理である。高校の化学の時間に習ったなあ)
 ドリッパーのペーパー・フィルターに、このあくが目詰まりし、コーヒーがドリップしない。その割には、硬水の為、コーヒーの出が悪い。電気式のドリッパーなら、常に暖めていて冷める事はないのだが、普通のドリッパーでは、充分に出ていないが、とても冷めたコーヒーが出来上がるのである。

やっとコーヒー・メーカーを見付ける

 再び、私は英国ギルフォードの街をコーヒーを入れる手段・道具を求めて探し回った。そこで、見付けたのが、巻頭に写真を載せたコーヒー・メーカーである。私も最初、この道具を紅茶を入れる道具と思い、無視していた。この道具が、ミルなどのコーヒー用品のコーナーに置いてあっても、多分店員が陳列棚を間違えたのだとしか思っていなかった。しかし、どの店でもコーヒー用品のコーナーに置いてある。それこそ、スーパーマーケットから、コーヒー・紅茶専門店、デパートに至るまで、必ずコーヒー用品のコーナーに置いてあるのだ。ここに至って、初めて「これはコーヒーを入れる道具なのであろうか?」と疑いを持ち、手に取って張ってあるラベルを読んでみた。はっきりとコーヒー・メーカーと書いてあるではないか。疑り深い私は、更に何軒も別の店の物も手に取って調べてみた。商品名等、多少の表現の違いこそあれ、全て例外無くコーヒーを入れる道具である事をうたっている。

 そこで、私は比較的低価格で、かつ使用方法が明記してある「コーヒー・メーカー」を購入した。それが巻頭の写真の物である。何故、使用方法が明記してある物にこだわったか? それは、単に使い方が分からなかったからだ。(日本でも、売っている急須に、お茶の入れ方を書いてある方が珍しいでしょ。)

美味しいコーヒーの入れ方

 購入したら、早速コーヒーを入れよう。まず、洗浄の後、このコーヒー・メーカー用にひいたコーヒー豆を適量入れる。(コーヒー豆売り場では、必ず、これ用にひいた豆が売っている。私は、日本にコーヒーミルを置いて来た)
 沸騰したお湯を注ぎ、4分間待つ。その後、フィルターの付いた棒をぎゅと押すと、あーれ、簡単。美味しいコーヒーの出来上りである。人間の力で、無理矢理フィルターで濾しているので、ドリッパーと異なり、冷めず、そして充分に出たコーヒーとなる。
 日本で、この方法そのままにコーヒーを入れてはいけない。日本の出やすい軟水では、きっと、出過ぎて苦いコーヒーが出来上がるに違いない。(誰か、試して、その結果をメールで送ってくれませんか??)

 後日、私の推測(?)通り、巻頭の写真の道具が、英国においては標準的なコーヒー・メーカーであり、何故か日本人だけが紅茶を入れる道具と間違って使用している事を裏付ける事ができた。(単に、本に書いてあっただけ) 結構、血眼になって探し回ったのに4ヶ月もかかったとは、お粗末な話である。

紅茶と日本茶

 最初に述べたように、私はコーヒーが好きだが、別に日本茶や紅茶が嫌いな訳ではない。特に日本茶は大好きなのだが、英国の硬水では美味しいお茶が出ない。妻が、日本から持ってきたお茶を色々試したのだが、どうしても美味しく入れる事はできなかった。どうしてもスカスカのお茶になってしまう。(断っておくが、私の妻は、お茶とお花に関しては、かじった程度ではなく、相当の腕の持ち主である)
 英国で普通に売っている紅茶は、硬水でも出やすく作ってあるらしい。結局、紅茶は程よく出て美味しいので、紅茶ばかり、飲んでいる。

 なお、英国用に作られた紅茶を、出やすい日本の軟水で入れると出過ぎて苦くなる。貴方にも英国直輸入とか英国土産の紅茶を入れて、苦くて飲めなかった経験はないだろうか? それが当然。英国では紅茶、日本では日本茶が美味いのだ。


メールでの指摘を頂いた!

 日本のH.K氏からメールで指摘:
 『コーヒーポッドは、日本でもドトールコーヒーで「ボナポット」と言う名前で販売しています。だいぶ前から売っていましたが、5月ころからCFに登場しました。』
 ハハハハ、無知をさらけ出してしまった。でも、5月のCFでは、英国に居る私は知らないよう!!
 ゴメンナサイ。

 日本のT.A氏からメールで情報:
『「コーヒー」の記事で、「英国の水は硬水だから、緑茶が上手く入れられない」とありました。瓶詰めのミネラルウオーターは試されたでしょうか?どーーうしても緑茶が飲みたくなったら、フランスのヴォルビック(日本でもよく売っている)で試して下さい。多分、上手く行くと思います。味は日本の水に近かったと記憶します。また、有名な和食の料理人が、「和食に使える」と雑誌に書いていましたので。。。』
 早速、ヴォルビックで緑茶を入れてみた。少し、香りが出ているような気がするが、味の方は、あまり変わら無い。お湯を沸かす鍋(ヤカンが無い)の、底に既にこびり付いて取れないカルシウムの成分が溶け出して、折角の軟水が硬水に変わったのかも知れ無い。
 折角、情報を送ってもらったのに残念。これに懲りずに皆さんも情報を送って下さい。


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