野田篤司の英国文化考

その12 キットカーと自作スポーツカー(5) コブラ vs セブン 22nd June 1998


キットカーの二大派閥 コブラ・レプリカとセブン・タイプ

 英国のキットカーと一口に言っても、色々なバリエーションがある。大まかに分類すると次の三種に分けられるようだ。但し、二つ以上にまたがるキットカーも多いから、あまり良い分類では無い。

  1. クラシックカー・レプリカ
  2. 走り追求
  3. デザイン追求

 最初の『クラシックカー・レプリカ』は、絶版になってしまった車に似せようと言うもの。この代表が『コブラ・レプリカ』である。
 次の『走り追求』は、文字通り走りのみを追求するタイプで、この代表が『セブン・タイプ』である。
 最後の『デザイン追求』は、目立てば良いというもので、オリジナリティーとユニークさを競う。従って、各々が全く異なるデザインなんで、これ以上一緒にはできない。

 キットカーの二大多数派が、この『コブラ・レプリカ』と『セブン・タイプ』である。

コブラ・レプリカ

 コブラのレプリカのキットカーは、数多くのキットカー・メーカーから販売されている。
 このタイプは、とにかく、外見だけはそっくりにすることを目的とする。だから、色、形からエンブレム、ドアやトランクの取っ手やヒンジ、ガソリンタンクのフタの形状に至るまで、ディテールにこだわる。コブラに限らず、人気のあるクラシックカーのレプリカの為に、この種のアクセサリー(?)を作るショップも多い。だから、一見すると、本物と見分けの付かないコブラ・レプリカができあがる。
 で、車の中身と言うと、大衆車やジャガーのランニング・ギアを、そのまま使ったものが多い。走りに関しては知れたものであろう。こんな車に、本当に289や427立方インチ(それぞれ4.7リッターと7リッター)のV8エンジンを付けてしまう奴も多い。ジャガーのランニング・ギアならともかく、1.6リッター級の大衆車(主にリジット・アクスル)に427のV8エンジンでは危なっかしい。オリジナルのコブラの走行性能なんて、全然関係ないのだ。
 例外的に、本当にオリジナルコブラに、そっくりのシャーシを作り、できるだけサスペンションも似せようとしているキットカーもある。が、オリジナルのコブラ289は、リーフスプリングのダブルウイッシュボーンなんて変なサスペンションなので、下手に真似ない方が良い。
 また、オリジナルのコブラとは別に本気で走りを追求したシャーシを使っているキットカーもある。これは外観だけをコブラに借りた、一種の『走り追求』型のキットカーなので、ここで扱っている『コブラ・レプリカ』とは、また違ったものかもしれない。

 一体、オリジナルのコブラとは、どんな車なのか?
 本来、小排気量の英国的ライトウェイトスポーツだった車に、アメリカ人キャロル・シェルビーがフォードのV8エンジンを乗せちまった車である。元々、1500ccクラスの車に4.7リッターとか7リッターのエンジンを無理矢理付けたわけで、力で相手を捻じ伏せると言ういかにもアメリカ的根性が、そもそも気に要らないね。コブラ289は1963年のル・マンに出場しているらしいのだが、どんな成績を残しているか調べても判らなかった。この時代、フェラーリ250GTOの天下だったから、どうせ碌な成績は残していないんだろう(詳しい話を知っている人はメールで下さい)。コブラ427の時は、既にキャロル・シェルビー自体がGT40の方に興味が移っていたから、さらに碌なレース歴は無いはずだ。

 こんなアメリカとイギリスが交じり合ったコブラの何処が良いんだか、とにかく日本と同じで英国でも大人気で、キットカーの最大多数派は、この『コブラ・レプリカ』である。もっとも、正直に白状してしまえば、外観のみで言えば、私もコブラのデザインは良いと思う。あのボリュームが有って、出るところは出て、くびれるところはくびれているコブラのデザインは現在の車には無い良さがある。

 だからと言って、プラスチック・モデルじゃないんだから、本物そっくりに作っただけのキットカーを乗り回して、面白いんだろうか?

セブン・タイプ

 『セブン・タイプ』とは、ロータス・セブンのレプリカのことだから、『クラシックカー・レプリカ』の一種じゃないかと思ったら、全然違う。オリジナルのロータス・セブンに外観を似せる気なんて最初から無いから、私だって、一見しただけで、『ロータス・セブン』でも『ケータハム・セブン』でも無いことが判ってしまうもの。大体、オリジナルの本家『ロータス・セブン』こそ入手困難かもしれないが、家元を襲名した『ケータハム・セブン』の生産が続いているのだから、無理に外観だけをソックリにさせるメリットは何処にも無い。

 単に『走り追求』の為の軽量化と『安価(チープ)』の最適化の結果として、ロータス・セブンと同じような形になっただけだと考えた方が良い。軽量化の為にスペースフレームのシャーシを用いて、ボディは省略してフレームのアルミ板を張っただけにし、ドアも屋根も全て無くしたらセブンになってしまう。これだけ、色んなものを省略したら、安価(チープ)になるよね。

 日本では、こんなセブンタイプの車は、本家『ロータス・セブン』と家元『ケータハム・セブン』以外では、ウェストフィールドとミツオカくらいしか知られていないが、それこそ、山のような種類がある。以前に書いた自作スポーツカーも『セブン・タイプ』の一種である。キットカーでは、『コブラ・レプリカ』に次ぐ多数派である。

 さらに、『セブン・タイプ』を広義に解釈すると、セブン式のシャーシの上にFRPのボディを被せたスポーツカーも、この範疇に入る。FRPボディを被せた理由は、空力性能の向上も有るんだろうけど、何処まで効果が有るか怪しいもので、本当の目的は単にスタイルだけの問題だろう。このタイプのキットカーには、私のWebページに何度も登場するFURYやSTYLUSがあり、さらに、かの有名なジネッタのG4やG27なんて、素晴らしく美しいスポーツカーも存在する。

 これら『セブン・タイプ』に共通するのは、オリジナルの本家『ロータス・セブン』の外観などを見習う気は全く無く、見習っているのは、その『精神』であると言うことだ。したがって、『セブン・タイプ』のサスペンション形式等は、オリジナルのセブンと細かいところで異なる場合が多いが、これは本家『ロータス・セブン』さえも越えようと言う走り追求の精神の現われである。

皆、『セブン』のことを誤解しているよ

 日本では、本家『ロータス・セブン』は、今やクラシックカーの仲間入りし高価であるし、家元『ケータハム・セブン』も少なくともン百万円のする高価な車である。特に、本来はホットバージョンの『スーパー・セブン』にばかり目が行くので、『セブン=高性能だけれど高価な外車』のイメージがある。あの一見クラシックカーとも見間違える独特のスタイルが一層その感を強くする。

 だが、『セブン・タイプ』は、本家も家元も含めて、本来チープなスポーツカーなのだ。この場合、チープは安価と言うより安物と言った方がイメージ的に正しい。『セブン・タイプ』のキットカーの多くは2,000ポンド前後(約44万円)の価格であり、「部品取り車」を含めても3,000ポンド(約66万円)程度から手に入れることができる。チープ(安物)が即悪いとは限らない。チープな車ほど、走りに徹することができるとも考えられるからだ。

 小排気量のパワレスなエンジンを軽量でバランスの取れたシャーシとサスペンションで補って走りを追求するのが『セブン』の道なのだ。むしろ、ホットバージョンである『スーパー・セブン』の方が邪道なのである。

 本家『ロータス・セブン』は、最初僅か1172ccのサイドバルブと言うパワレスなエンジンでスタートしている。当初は、以前にも紹介した750フォーミュラー(以前は「フォーミュラー750」と紹介したが「750フォーミュラー」の方が正しいようだ。また、主催者である「750モータークラブ」と言う場合も多い)に先行的に販売されていた。つまり、『ロータス・セブン』は1200ccクラスどころか、僅か750ccのエンジンでも十分に戦えるように作られているのだ。ロータスは、セブン以前にロータスMk3で、750フォーミュラーで活躍しチャンピョンシップを取っている。

 前にも紹介したが、750フォーミュラーには、後輪はリジットと言う規則がある。そのため、『セブン・タイプ』は、本来後輪リジットなのだ。その代わり、本格的レーシングカーのロータス11の流れを汲むスペースフレーム・シャーシとF2マシンのロータス12のフロント・サスペンションを採用し、本家『ロータス・セブン』は走りの性能を高めている。後に続く、セブン・レプリカ(ニア・セブンと言う言い方もある)達は、更に本家&家元をも凌ぐ改良を重ねているのだ。

『セブン』の精神を受け継ぐもの達

 如何にして、パワーレスなエンジンから高い走行性能を引き出すか。

 現在、『セブン・タイプ』を作るメーカーの中には、実際に750フォーミュラーに挑戦し、実戦の中で上記の命題に取り組み、腕を磨いたメーカーも多い。本家『ロータス・セブン』が750フォーミュラーにデビューしたのは40年も前のことであり、現在の750フォーミュラーで活躍する車はオリジナルのロータス・セブンを越える性能を持っていると考えて間違いないだろう。

 本家『ロータス・セブン』で最大の問題点とされる後輪車軸のリンク系は、当然、色々な方法で改良されているし、フロント・サスペンションもより標準的なAアームを用いたダブルウイッシュボーンやロッカーアーム式、果てはプッシュロッド・プルロッドと言ったまるでF1のような形式さえ採用されている。外見こそ、似通ったボディ/シャーシも、微妙に異なる構造のスペースフレームは、これまた実戦の中で培われたものであろう。

 これらの流れを汲む『セブン・タイプ』のキットカー/スポーツカーこそ、英国風ライトウェイトスポーツの正当な後継者であり、以前私が書いたように後輪リジット/前輪ダブルウイッシュボーンと言った一見アンバランスなサスペンションで、ちゃんとバランスを取っているのである。また、このような車にFRPのボディを被せた広義の『セブン・タイプ』のキットカー/スポーツカーも英国風ライトウェイトスポーツの後継者と言えよう。かのジネッタG4/G27も標準では後輪リジット/前輪ダブルウイッシュボーンだもんね。

 なお、私は現在のMGFやロータス・エリーゼが英国風ライトウェイトスポーツの正当な後継者で無いと言う気はさらさら無い。彼らもまた、『セブン・タイプ』とは別の道を歩んだ、または『セブン・タイプ』から派生した英国風ライトウェイトスポーツの後継者に他ならない。その過程に登場する信じられないほど魅惑的なMGBや初代エランを含めて、彼らを否定することなど、私には到底できないことだ。

元祖セブン此所にあり

 この写真は、コッツウォルズ地方のボートン・オン・ザ・ウォーターにある小さな自動車博物館で写したもの。赤いクラシックなスポーツカーこそが、本家『ロータス・セブン』でも家元『ケータハム・セブン』でも無い、元祖『オースティン・セブン』である。実は、この自動車博物館に、昔のNHKの「母と子のテレビタイム」と言う子供番組の中でやっていた「BRUNブルン」と言う黄色いオモチャの車が置いてあり、それを子供達と見に行ったのだが、これが傑作! MGやジャガーの古い車や当時の足漕ぎの玩具車があり、とても面白かった。「BRUN」自体が、『オースティン・セブン』をモデルにした昔の足漕ぎの玩具車だったことがよく判った。

 元祖『オースティン・セブン』は1920年代から30年代に生産された小型の大衆車で、排気量は700から750cc、重量は僅か330kgと言う、まるでオートバイ並みのスペックの車である。写真の赤いオースティン・セブンは2シーターのスポーツタイプの物。こんな小さなスポーツカーで、コッツウォルズの自然の中を走ったら、さぞ幸せだろうなと思ってしまった。これこそが英国風ライトウェイトスポーツの祖先であろう。

 750フォーミュラーも 元祖『オースティン・セブン』でレースをするのが最初だった。実際、ロータスもMk4まで、『オースティン・セブン』のシャーシを使っていた。ロータスがオリジナルのシャーシを作るのはMk6からである。(ロータスMk5は存在しない)

 先ほどの家元『ロータス・セブン』の説明の中で、「シャーシはロータス11、フロント・サスペンションはロータス12の流れ」とあったように、『ロータス・セブン』はロータスにとって7番目の車ではなく、ずっと後の物だ。コリーン・チャップマンは明らかに、7と言う数字を『ロータス・セブン』の為に取っておいたようだ。この『セブン』と言う名前、『オースティン・セブン』タイプの車と言う意味で、『ロータス・セブン』に付けたと思うのは、私の勘繰りだろうか?

元祖『セブン』は、今も生きている!

 オースティン・セブンは1939年に生産を止めるが、1959年に復活する。これは、ロータス・セブンの登場とほぼ同じか、やや遅れた時期である。
 上の写真のようなクラシックカーでは、既に時代に合わなくなっており、『新生オースティン・セブン』は、2BOXボディの前輪駆動とモダンなデザインの車に生まれ変わった。つまり、名前は同じでも、全く違う車になってしまった。

 『新生オースティン・セブン』は、元々の『オースティン・セブン』や本家『ロータス・セブン』と並び、もしかしたら越えてしまうくらいの傑作車で、40年近く経った現在でも人気は衰えず、生産を続けているのである。

 「そんな傑作車なら、『新生オースティン・セブン』のことを知っていても良さそうなものなのに・・・」と貴方は思うだろう。実際、『新生オースティン・セブン』は、本場英国はもとより、日本でも沢山走っている車で貴方も毎日のように見ているだろう。

 但し、現在では、誰も『新生オースティン・セブン』のことを、元々の名前である「オースティン・セブン」とは呼ばなくなってしまった。そして、本来は愛称であるべき名前で呼んでいる。
 そう、今では『新生オースティン・セブン』の事を、親しみを込めてこう呼ぶ・・・『ミニ』!


参考文献

 今回の参考文献と言うか、ネタ本である。これらは、四冊ともギルフォードの市民図書館で借りてきた。

 「PERFORMANCE Rordster」
Monty Watkins, Ian Stent & Peter Filiby著 ISBN 0-9525736-0-1
 表紙見て判るように、『セブン・タイプ』のキットカーを紹介している本。色々なキットカー・メーカーが作っている色々な種類の『セブン・タイプ』のキットカーを紹介している。実は、この本、キットカー雑誌の広告で見付けてよっぽど買おうかと思っていた矢先に図書館で見付けて即借りてしまった。
 「750 RACER」
Peter Herbert & Dick Harvey著 ISBN 1-85260-447-6
 750フォーミュラーを紹介した本。750フォーミュラーは、レーシングカーを自作するのが基本だから、この本も自分で自分で作る方法を紹介している。
 何度も書いているが、750フォーミュラーは後輪リジットと言う規則がある。だからって、後輪リジットのミッドシップ・レーシングカーまで作ることはないと思うよね。
 ところで、セブンのフロントのサイクル・フェンダーって、これも750フォーミュラーの規則だったんですね。
 「RACE AND RALLY CAR SOURCE BOOK」
Allan Staniforth著 ISBN 0-85429-848-7
 これまた、自分でレーシングカーを作る方法を紹介した本。750フォーミュラーだけでなく、もっと上級のフォーミュラーマシンやラリーマシンの作り方を紹介している。この本の中に紹介されているサスペンションのジオメトリーの設計方法などは注目に値する。
 「Austin Seven」
Chris Harvey著 ISBN 0-946609-04-7
 オースティン・セブンを紹介した本。オースティン・セブンのシャーシって凄くシンプル、その上、前後のサスペンションも簡単。これを見れば誰でも自分の好きなボディに乗せ換えて楽しみたいと思うよなあ。

 繰り返すが、これらは全てギルフォードの市民図書館で借りてきた。こんなレーシングカーの作り方を書いた本などが、一般の市民図書館に何冊もあるところが流石、英国である。他にもレーシングカーの空力設計の本や、車以外では家をすべて自分で作る方法の本がある。皆、手作りが好きなんですね。

 えっ、「コブラvsセブン」って、題名を付けた割には、セブンの文献ばかりで、コブラの文献が無いって!? そりゃ、私はライトウェイト至上主義なんですよ。


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