マツド・サイエンティスト研究所

研究報告14 レーザー推進による『鮭の卵』方式の検討 the 8th of July 2002


 笹本祐一氏の SF 小説「ブルー・プラネット」のラストシーンで、マリオとスウの見守る中、星の世界へと旅立つ恒星間探査機の正体は、「レーザー推進による『鮭の卵』」である。

はじめに

 研究報告2 恒星間 鮭の卵計画で述べたように、恒星間の無人探査ミッションのためには、超小型の探査機を多数送ることが有効た。 だが、先の研究報告では、超小型探査機を超高速で送出する方法については全くの未考慮であった。

どうやって、推進(加速)するか?

 探査機の超小型と言う特性を考えると、マス・ドライバーや光ヨット、レーザー推進と言った外部から推進力を与える方式が有利と思われる。 この中で、マス・ドライバーは未考慮だが、光ヨットに関しては、すでに研究報告4 光ヨットで説明してる。

光ヨットなら・・(光源に太陽を使った場合)

 光ヨットを使った加速方法では、外部からのエネルギー供給と言う部分は良いが、光源から離れるに従って、光が拡散するため、ごく短い距離すなわち短い時間しか加速できないと言う問題点がある。 短い時間で高速に加速するためには、初期段階で光源に極端に近づける必要がある。 光ヨットの場合、光源に太陽を用いるのが普通であろうから、太陽表面ぎりぎりまで近づけ、5万 G の加速で 100秒程度加速する方法を研究報告4 光ヨットで紹介した。
 当然、この方法では、 と言う問題点がある。
 太陽から離し、加速度を押さえるためには、光を拡散させなければ良い。 だが、太陽光のように波長が一定でなく、ましてや位相も合っていない光を拡散させない方法は無い。

光源にレーザーを用いれば・・

 長距離に渡って、光を拡散させたくなければ、光の波長と位相をそろえれば良い。 波長と位相のそろった光、すなわち、レーザー光を使えば良いのである。
 だが、『鮭の卵』探査機のように、超小型のプローブの加速であっても、恒星間探査に有効なほどの加速を行うためには、膨大な出力のレーザー光源が必要になる。 たった一個の『鮭の卵』を光速の16%に加速するためには、おおよそ 10GW (注 1) のエネルギーを持つレーザー光が必要になるのだが、このような大エネルギーのレーザー光を単独の光源から発することは難しい。

小さなレーザー光源でも無数に集めて、力を合わせる・・

 そこで、小さなレーザー光源を多数集合させ、光を集めることによって、強力な光源として使うアイデアがある。
 しかし、普通の光なら、多数の光源を集めても何ら問題無いが、レーザー光の場合、その特徴を生かすためには、「波長位相がそろう」必要がある。 そこで、小さな光源の波長位相をそろえるために、アクティブ・フェーズドアレイが有効と思われる。

 今回は、「フェーズドアレイ・レーザー推進」を用いた『鮭の卵』方式の恒星間無人探査計画の概要を述べる。

フェーズドアレイ・レーザー推進

レーザー部

 レーザー推進部は、太陽-地球のラグランジュ・ポイントのL4とL5に、それぞれ350個ずつ浮かぶ。L4、L5と言えども完全な安定軌道ではなく、それぞれは互いを回るような軌道になる。


ラグランジュ・ポイントに浮かぶレーザー推進部


 一つ一つのレーザー推進部は下の図のように波長500nm、出力10GW、直径20kmの円盤形である。

レーザー推進部


このレーザー部に当たる太陽光の総エネルギーは425GWであり、レーザー光線への変換効率は、2.35%である。この変換効率は現状の技術水準から容易に達成できる値である。
 実は、レーザーは単体ではなく、下図のような小さなユニットが集まったものである。
 このユニットは、5センチ四方の太陽電池に80mWの半導体レーザー及びコントロール回路を付けたものだ。このユニットが1256億個集まって、レーザー部を構成している。
 レーザー部は巨大なフェーズド・アレイとして働く。従って、各ユニットの半導体レーザーは、位相変調を行って、全ての位相同期を取らなければならない。
 また、半導体レーザーは寿命が短いため、ユニットごと交換する必要も出てくる。
 従って、レーザー部の近くにはメンテナンスロボットが浮き、常に交換できるような体制を取っている。

レーザー発信器の1ユニット

探査機

 探査機の帆の大きさは、直径10メートルのアルミの微細メッシュである。


恒星間探査機


 アルミのメッシュの糸の太さは100nmで、網の目は500nmであり、重さは25gであり、電子部1gと合わせて、26gである。


探査機本体 概観


加速!!


 レーザー部は、アクティブフェーズドアレイアンテナであり、各ユニットのレーザー光の位相を調整して、光を帆に集中する。 だが、レーザー部の大きさの関係から、無限大の距離まで、全てのエネルギーを帆に集中できる訳ではない。全てのエネルギーを集中できる距離は、おおよそ3億キロメートルまでである。
 全てのエネルギーを帆に集中できなくなった後も、帆に当たるレーザー光が無くなる訳で無い。徐々に加速する力が弱くなるだけだ。 あまり、長い間、加速し続けても時間の無駄なので、6億キロメートルまで、加速する事にしよう。
 この場合の計算の結果は以下の通りだ。
 つまり、1日4個、一年間で1460個の探査機を恒星間に送り続ける事ができる。L4とL5にある合計700個のレーザー推進部で、一年間に百万個の『鮭の卵』を送り出す事が可能だ。
 光の位相を調整する事で、強度をドーナツ状にする事も可能な筈だ。つまり、光のドーナツにおおわれ、中心から外れた場合は元に戻ろうとする。レーザー光の道に探査機が集まる事で、軌道制御ができる。

問題点

まとめ

 上記の問題点は、「太陽を光源とした光ヨット」と通じるところが多い。 但し、光ヨットよりも条件が緩和されている。 熱条件も光ヨットより良くなっているし、加速度は、5 万 G から 260G 、つまり200分の1 になっている。 厳しい条件の三桁の緩和は大きい。
 とは言え、現在の技術水準からは、大きな飛躍が必要な事は、言うまでも無い。

付録

レーザー部の半径をa[m]、波長をλ[m]、帆の半径をr[m]とすると、レーザー光を帆に集中できる距離[m]は次の式で示される。

また、探査機の質量をm[kg]、レーザー部からの距離をR[m]とすると、探査機の速度V[m/s]は、以下の式で与えられる。
では



では

である。但し、Tは反射率であり、Pはレーザーの出力[W]である。

 上の式から、初期距離[m]、初期速度[m/s]の場合の距離R[m]における速度V[m/s]の値は以下のようになる。
では


では

となる。
ただし、上の式ではとしているし、また、相対性理論的な効果は未考慮である。 また、本文中では、T=1としているから、注意してもらいたい。

注 1
 中規模の原子力発電所一基で、約 1GW である。10GW とは、原発 10 基分に相当するエネルギーを持ったレーザー光を発する。

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